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2008年 03月 09日
大阪城公園へは写友会から13名が参加、早速お互い同士の品評会(毎月の例会)が開かれた。
![]() 先輩方から「梅は白いのより赤いのを撮れ」と言われているのに、逆らって白い梅をとってみた。悪い癖! ▲ by andojiji | 2008-03-09 22:28
2008年 03月 05日
![]() (大阪城梅林公園) 吾もはや観梅の歳ザンブリコ 町内の長生会は写友会 かねて企画の撮影会 大阪城は梅林公園が五分咲きとのことで参加した 朝早くから新鋭デジカメの放列だがカメラマンはほとんどがご老体で何よりの晴天 冷たい風に思い返せばン十年前にこの近くで勤務 ここでは昼休みによく草野球をしたものだった まだ大阪城ホールが建設されていなかった (昭和57年) あの頃あの歳 仕事も遊びも一所懸命 守るも攻めるも後には引かなかったのが自慢 ここでも盆栽展とか観梅の催しがあった筈だが見向きもせずに走り回っていた 今この歳で出来ることはせいぜい観梅程度だろうか そう思うと寄る年波の冷たいのを頭からザンブリコとかぶった気がする ▲ by andojiji | 2008-03-05 23:34
2008年 01月 19日
のんちゃんと奈良町散策 (動画はここをクリック)
奈良町へ行ってきました。のんちゃん からメールが入って「奈良町を散策しよう」とのこと、修士論文の提出がすんで次のアルバイトまでの時間があるらしい。 否やも応もない、早速メールで日程を「若草山山焼き」に合わせて組み一泊で行くことになった。 コースは全部お任せ、観光用の神社仏閣(二月堂除き)は以前に案内して貰っていたので、今回は「奈良町」風景を主にした。三条通を中心とした奈良町だろうと思うが、いわゆる観光向けムキムキのお店は避けて露地にあるお店を見ることにしようと注文をつけた。 よく調べてくれて、少しでも多く案内しようとしてくれているのだが、彼我の年齢差は五十歳近く、コンパスの長さは歴然、ハンドボール部の猛者だった体育会系、ついて歩くのがやっとこさ。 「あのな▼(溜息=以下同)あんたもな▼総合職▼いずれ人と▼イヤほどつきあうで▼そんときな▼人の歩幅に▼合わさんとアカンで▼・・・」と、息絶え絶えの説教をたれての町歩き。 途中、お薦めのお店として立ち寄ったのが「相傳みたらし団子」、歩きながら食べるので1本売って貰うとしたら、おばあさんが「1本70円、3本以上でないとウチの儲けがない」とのこと、じゃ二人で4本、持ち歩くのでビニールに包んでというと、5本以上でないと赤字になると仰有る、結局6本買って包んで貰って話はわかるが理屈が見えないと大笑い、おばあさんの逞しさに脱帽。考えてみりゃ、こっちは遊びで、向こうは生活がかかってんだ、こちらの負けが当然。帰ってからふと思い出したのが約55年程前の「岩波写真文庫-奈良-」(定価100円)、昭和28年発行と言うから丁度星林卒業頃だ。それを見ると「奈良町」という町名は存在していない。つまりは最近になって作られた観光用の町なんだと言うことがわかった。あ~「奈良」も頑張ってんだ、と思った。 デジタルで200枚ほど撮ったうちの何枚かを動画風にしてみました。ま、ブログでこんなことが出来る参考までに掲載してみます。 二日目は「二月堂」と「山焼き」としたのですが、残念ながら山焼きはほとんど見えませんでした。 三笠山あわれの雨にちょいと焼け by ando のんちゃんありがと!!
▲ by andojiji | 2008-01-19 20:55
2007年 12月 03日
画題 【紅 葉】
黄昏の縁のながれちょろちょろと ![]() 十一月も月末近くには「賀状ご遠慮」の葉書がぼつぼつと届く たいていはお身内の方のご不幸だが何通かに一通はいつの頃からか年賀だけのやり取りになっていた先輩や同僚などの訃報が届く 退職してまもなく十五年 いわゆる「黄昏」ともなると賀状もかっての半分近くになっている ドバッときていたのがちょろちょろになってきた 季節で黄昏と言えば「紅葉」だが 最近では紅葉を見る目が木を見るより葉を見るようになった気がする 自分もこんな風にきれいに色づいているのだろうかと つい先年までは葉なんぞ見ようともしなかったのに 伊勢物語の「行く水に数を書く」とは男女のはかなさだが この歳この時期では消息を尋ねる一筆を添えようとする気持ちのように思える 今まで「お元気ですか」としか書けなかったがその数語に万感の思いを込めていたことを分かってくれていただろうか そしてもうそれすらも書けなくなった訃報を暫く呆然と眺めている ▲ by andojiji | 2007-12-03 11:36
2007年 11月 26日
11/19 プールのお仲間と紅葉狩りに比叡山へ行った。前日までは良い天気だったが当日は震え上がるような寒波が到来した。
![]() 案の定、頂上へ着くとみぞれがが降りかかり、それが雨になった。でも、山の天気は気まぐれ者で時々は雲の切れ目から陽がさして暖かくなり、紅葉の色もさえる。 ![]() 行ったからにはとシャトルバスで三山全部を回ったが、何分にもバスが一時間に一本だから時間の無駄が多く、それを嫌って歩こうとすると坂道ばかりでこたえるのでやめた。でも、延暦寺横川地区での至福大根炊きの大根はおいしかった。 ![]() 残念ながら、頂上からの琵琶湖遠望はだめだった。 帰りは三条から一気に泉南へ、やっぱし泉南は暖かい。 ▲ by andojiji | 2007-11-26 11:52
2007年 08月 30日
八月の画題【花 火】
夏花火 閉じた記憶の蓋を開け 娘夫婦のお相伴にあずかり「なにわ花火大会」に出かけた 所は淀川十三大橋付近で目測四百米の川幅中央に花火打上台船 定められた席は川っ縁 手すりの前の特等席 今夕の人出は約五十万人だとのこと 花火見物は珍しくはないがたいていは建物の間などからぽっと上がって「ほら上がったよ」と言って暫くしてからドーンと音がする そんなものだった カウントダウンが終わるやいなや轟音と閃光に包まれる 花火より先に音を聞いたのは初めてで暫時呆然とした 孫娘達は早速ケイタイカメラで「すごーい々」と写している フィナーレ近く 呼び物の銀カムロ菊大尺玉がドドンと上がり 火の花弁がザーッと空中に広がったあとザザーッと降ってきたとき あの夏の夜を思い出した ![]() 昭和二十年七月九日深更 B29百八機による和歌山市の空襲 一説によると焼夷弾一七万発で死者千二百名余 負傷者四千五百名余 元寺町に住み内町東国民学校四年 「ここにいちゃ危ないみんな出ろッ」燃え上がる炎と降る火矢のなか 着の身着のまま何のためらいもなく防空壕から日頃どぶ川と呼んでいた内堀川に飛び込んだ 泥水の中を火に追われて這いずり屍臭とともに逃げ惑って数刻 終わったと知ってどぶ川の縁に倒れこみ あれほどしっかりと握っていた鞄が引潮に流されてゆくのを目で追いながら拾うことが出来なかった 決して忘れてはいないが思い出したくもない記憶だ あのときに人として大切な何かも一緒に流してしまったような気がする 「おじいちゃん 来年も来ようね」 屈託のない孫娘の声はさわやかな清涼剤のようだ ▲ by andojiji | 2007-08-30 15:44
2007年 08月 12日
8月4日 淀川の花火大会に招待されて行ってきた。べつに花火大会が嫌いだと言うことではないが今まであまり花火を目の当たりに見たことがなかったのでびっくりした。
今までだと、屋根と屋根の間にぱっと明るくなって小さく丸い輪が見えて「あ、上がった、上がった」といってから、ドーンと音が聞こえて「うん、花火が見えた」と納得していたのだが、今回のはそれが違って、淀川の(かなり河口に近いところ?)川幅の中央に台船が出て、そこから打ち上げられるので招待席が北側の土手っぷちと言うか、川っぷちと言うかだったからとにかく凄かった。 (カウントダウン 直前の静寂) ![]() 左側の台船の明かりは見物客が満載、右側の明かり三つほどが打ち上げ作業場所 (どどーん、しゅる しゅるッ、とあがっていく) ![]() (バリバリッ ドンドンッ、ひらいていく) ![]() (ザアーツと開いて落ちてくる) ![]() 残念ながらブログでは十分伝えられないが、次々と上がる花火をカメラに納めた。しかし、半分は呆然と見ていた様に思う。 「見納めて首が吊ってる花火かな」 ▲ by andojiji | 2007-08-12 11:32
2007年 05月 05日
![]() 5/5 孫娘03の高校の吹奏楽部の定期演奏会があった。早いもので今年で3年生、引退するのだそうだ。 クラブで忙しいとよく言っていたが、みんなで一生懸命頑張った成果をここぞとばかり演奏しているのを見ると爺としてはファインダーが曇る。おかげでピンぼけになったというのは言い訳である。 ![]() 今年4月に孫娘04が同校に入学して吹奏楽部に入部したと言うから、まだまだ定期演奏会に出かけることが出来る。でも今年は下働きで舞台には上がらせてもらえないのだそうだ。 一瞬、何かの演出で舞台を通行したらしいが、わからずシャッターは押せなかった。マ、いいか、これからも孫バカは続くのである。 二人ともがんばれ!! ▲ by andojiji | 2007-05-05 12:26
2007年 04月 24日
4月と言えば「桜」であるが、少し時期遅れになってどうしたもんかと思っていたが、のんちゃんが内定したとの携帯連絡があったので「さくら咲いた」で迷うことなくさくらを描いた。
![]() 内定に弾む携帯七分咲き 「おめでとう さくら咲いて万歳だね」とは言ったが大手企業の女性総合職については苦労が多いと言うような話を見聞きするに、すぐ一生懸命に頑張る子だけに心配が先に立って爺の気持ちは七分咲きである。 ▲ by andojiji | 2007-04-24 15:59
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