カテゴリ:旅行記 |
2007年 05月 23日
【画題】藤
5月はじめ宇治の平等院にて藤棚を見た(長生会の写真クラブ)。 宝物展もあってか黒山の人だかり、やむを得ず柵の下からのぞいてびっくり、根か幹かわからんけどムニュムニュと巻き付いて、絡まって凄いのッ 情念はかくやとばかり藤を見る ![]() 「まるで魔性の女にとりつかれたみたいで凄いのッ」 「そんな人いてるの・・・」 「えッそやない、例えやけどな」 「今の内にそっちへ移っといてよ、足腰が立たんようになったら知らんでェ」 「なんでそんな話になるねん」 「なんで女を悪者にするの、魔性の男もあるやろ」 「えッあッ そやな ごめん」 宇治の十帖は柏木の苦悶じゃないが、形を描き込めば描き込むほど、色を重ねれば重ねるほど醜くなって行く、何度もやり直したが「それほどの出自でもなし」とあきらめて、えー加減のところで筆を置いた。 これからの男は女性に可愛がられてナンボかも知れんなァ。それにしてもなんかスカートを盗撮したような気分が残るのはなんでやろか。
2007年 05月 19日
永年、江ノ電を撮りたいと思っていた。なかなかチャンスが無く(と言うより作らなかったといった方が正しい)、やっと日程をとっていくことが出来た。
5/14から16日までの二泊三日の行程でワイフとその友人との同行3人であったが、欲張ってビデオとカメラの両方を持っていたものだから、どっちつかずになってしまった。 ![]() 「軒先をかすめて走る」と言われている江ノ電だがこうしてみると確かに実感できる。 写真の右側のお家なんか玄関先にレールが敷かれている。どう見ても線路からでないと入られないように見える。 本来は単に交通手段の一つに過ぎないのだろうが、こうして生活の場にとけ込んだ格好で活躍していると我がものと思えて親しみが湧いてくるのだろう。地元ならともかく、それを遠くから写真を撮りに来る馬鹿をどのように定義したらいいのかわからないが、それが出来るうれしさ、楽しさは同じ馬鹿でないとわからないだろうな。 当然ながらワイフらは北鎌倉を中心とするお寺参りに出かけて、別行動であった。いわく「こんな馬鹿はうつったらかなわん」とのことであった。 江ノ電が紫陽花はまだ軒を行く
2007年 05月 02日
5/2 のんちゃんが来遊、一泊した。翌日ゆっくりと朝寝をして午後から天王寺美術館に行った。ちょうどフランスの美術館から里帰りをした「北斎・写楽・歌麿」展を見ることにした。
![]() 連休であったかも知れないが午後3時頃のことに、大勢の人が来られていたのには驚きました。老人夫婦が多いのはわかるが若い人も結構多く来ていた。 見学していると「日本政府はバカだ、何故買い戻そうとはしないんだ、日本文化を守ると言うことは建物ばっかり建てることと違うんだ」と言っておられた方があって、ホントだなと思った。 しばらく見ていたら、監視人というのか中年のおばさんが近づいてきて「カメラを隠してください」とのこと、もちろん展示品を撮す気など無くぶら下げていたのだが(公園でのんちゃんと写真を撮ろうと思って)、「電源は入れてないよ」と言ったのだが、撮影禁止なのでカメラが見えないようにしてくれと言われた。 これについては一言言いたかったが、まあいいかと思いポケットにしまった。 ちょうどそのとき、ガムを噛んでいたのだが「会場内は飲食禁止です」と言われたのには驚いた。こんなところで飲食をするつもりは毛頭ないが、ガムが飲食とはしらなんだ。 頭に来たが、多少品がない話でもあり、ここもまたあきらめた。 小生ルーブル美術館など行ったことはないが、人の話だとそこでは写真も模写も自由だと聞いた。 先ほどの話じゃないが日本人の文化についての考え方がおかしいと思えた一日であった。
2007年 04月 16日
昨日、京都に出かけた。目的はタイトルにある法要厳修を聴きに行ったのである。
うちのお墓がある京都のお寺(檀那寺というらしい)でタイトルの法要が開かれて、お寺さんからお気軽にどうぞとお誘いがあったので不信心でよくわからないまま参加した。 ![]() この歳になるまで恥ずかしながら「法要」なるものにあまり参加したことがないので、小さいお寺にこんなにお坊さんがたくさん集まったのを見たことがなく、少々驚いた。有り難い法話を拝聴して南無阿弥陀仏を何遍も唱えて2時間ほどであった。 終わってから、いつも近くに来ているのに拝観したことのない「二条城」に向かったが、日曜日のことでたくさんの観光バスが並び、人でいっぱいだったのでご遠慮申し上げ、堀の外からカメラを向けただけで帰った。 ![]() 帰ってみると、阪神が横浜相手にボロ勝ちしたとのことだった。
2006年 12月 13日
12/10 Nさん夫妻と一緒に鳴門へふぐを食べに行きました。年寄りですから沢山は要らないのですが、少しでいいから美味しいものをと言うことで行ってきました。「てっさ」「てっちり」等は大変美味しかったのですが、へやの空調が少し心許ないところがあって残念でした。 翌日は観潮してきました。じつは鳴門へは何度も来ていますので一点ゆっくり主義で楽しんできました。それにしても、淡路ラインが来年には廃止されると言うことなんだそうです。橋が出来たことで赤字だッてんですが船には船の趣があってなくなるのは惜しいなと思いました。
2006年 10月 20日
10月15日 ジパングが設定した「大阪まちあるき」に参加しました。売り物は利家の「秀吉接待料理」と講談「大阪の陣」です。
![]() 環状線の「大阪城公園」からあるいて天守閣へ ![]() 「森ノ宮」から「松屋町」に出て、上町台地の「練」なる古い建物の店(現代若者風アンティーク集合店?)にて「接待料理」を頂いた後、旭堂南陵の「大阪夏の陣」を聞いてきました。料理は、たとえば「造り」紅葉鯛菊花作り、すずき湯引き、烏賊利久、錦織野菜、芽紫蘇、山葵、土佐醤油などと都ホテル日本料理宴会料理長さんがしつらえたなかなかのものでした。残念ながら写真をとりわすれました。でも、デザートに出された「ようかん」が載せられていた柿の葉があまりにも綺麗でしたので貰って帰りました(後で聞いた話では商売用に売っているとのこと)。 ![]() ![]() そのあと、堀江の港町から水上クルーズで道頓堀川、水門、木津川を通って中之島、堂島川に抜けて玉江橋、大江橋、水晶橋から天神、天満橋。八軒屋船着き場にてUターンして帰りは土佐堀川を西へ難波橋から淀屋橋、肥後橋から ![]()
2006年 10月 18日
10月の始め義妹ご夫婦と郡上八幡~下呂温泉~大正村への一泊のバスツアー旅行をしました。
![]() 郡上八幡はあいにくの雨で、しないを流れる川の水かさが増えているようでした。 下呂のホテルでは「あこがれの飛騨牛」を頂きましたが、終いにはちょっとのつこつ致しました。翌日は付知町から大正村へ向かいました。途中のナントカの滝は前日の雨で水量が多くなかなかの迫力でありました。 ![]() ![]() 大正村では大正ロマンの片鱗を時間に急かれて早足で見て回りました。只、その中で大戦終了後、私ども世代の民主主義の原点とも言うべき「墨塗りの教科書」が展示されているのを見て感動しました。墨を塗って隠したら良しとするこの考えは日本人の特性とも言えるもので、自分を含めて今日まで脈々と続いている事を改めて知りました。 ![]() < 前のページ次のページ >
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